前回までのあらすじ
- 今注目の文房具メーカーに研究者として勤める新は 先輩研究員の颯真と研究チームを組み 新商品開発プロジェクトに挑んでいる。
- 新と同期入社で若手のホープと称される事業企画部の悟がプロジェクトチームに加わった。
- 新は新商品の企画案(美文字矯正ボールペン)を練り そのコンセプト技術について基本特許の出願を行った。
- 新たちは見事社内コンペの一次選考会を勝ち抜き 半年後の二次選考会に向けて事業企画や研究開発
- を推し進めていくことになった。
- 併せて他社特許対策も進めることになり 特許部の葵から特許調査(侵害予防調査)について教わっているところである。
侵害予防調査と無効資料調査
このお話で学べること
- 自社技術と他社特許の対比法
- 関連度合いの見極め方
- 無効資料調査のポイントは?
一緒に楽しく学んでいきましょう!
本編
新商品開発プロジェクトの最終選考に向けて特許部の葵に侵害予防調査を依頼しようとした新…
なんと葵が広報部に異動することになったと知らされたのだった…。
葵さん…特許部から異動しちゃうんですか…
実はそうなの…
正直残念ですけど仕方ないですね…特許部から広報部への異動って珍しくないですか?
どうやら会社として特許情報を活用した広報活動に力を入れていきたいらしくて…
それで特許調査のスペシャリストである葵さんに白羽の矢が立った訳ですね。チャンスじゃないですか!
面白そうだなとは思っているの♡特許は各社が傾注している技術力を示すものでもあるからPRになるよね。
投資家を含めステークホルダーにアピールする具体的な指標にもなりそうですね。
そうだね♡最近では知財を切り口に各社の持つユニークな技術を示してマッチングさせる取組もあるの!
それ知ってます!知財図鑑ですよね!
よく知っているね!私も知財情報を使いこなして面白い発信ができるようになりたいな♡
…葵さんならきっとできます!新天地でのご活躍に注目していますね!
あ、ありがとう!頑張ります♡
それじゃあ新くんの侵害予防調査の範囲の打合せをしよっか♡私が特許部で受ける最後の依頼になるね…
はい!よろしくお願いします!
葵と2人で打合せをし侵害予防調査の範囲を決めた新。
調査用のリストの作成に時間が掛かるため一先ず瑛大のもとに戻ることに…
お、葵さんとの打合せが終わったのかな。お疲れ様!
瑛大さん!葵さんの異動、教えてくれても良かったじゃないですか~!
一応人事情報だし、僕が勝手に言う訳にもいかなかったからね…�
今回は葵さんに特許調査やって貰えましたけど…今後はどなたが担当して下さるんですか?
そっか!後任への引継ぎは今日はやらなかったんだね。次の機会に紹介させて貰うね。
よろしくお願いします。
それじゃあ今日は他社特許調査用の母集団を作って貰っている間にスクリーニングの進め方を予習しておこう!
実際に他社特許の内容に目を通して自社技術に関連するものを選別する段階ですね!
まず最初に、自社技術の内容と他社特許の権利範囲とを対比する基本的な方法を説明するね。
確かにそれが分かっていないとスクリーニングなんてできないですね。よろしくお願いします!
特許の書類には大きく分けて、権利範囲を表す特許請求の範囲と、それをバックアップする技術情報が説明された明細書の2パートがあります。
以前「特許の読み方」で教えて頂きましたね!
特許ってどう読むの!?
どちらのパートも重要だけれど、他社特許対策の観点では特に特許請求の範囲の方に注目します!
自分達の技術が他人の陣地(特許権)を踏んでしまっていないかを調べる事が目的ですからね…権利範囲を表す特許請求の範囲が重要という訳ですね。
その通り!特許請求の範囲を見ながら自社技術の内容と対比して関連する特許を絞り込んでいきます。
なるほど…!具体的にはどうやったら良いですか?
その時に役立つ基本的なスキルが「クレームチャート(構成要件対比表)」と呼ばれるものです!
クラムチャウダー…?
ク、クレームチャートね。笑
要するに、自社技術と他社特許との対比をするための基本的な整理の仕方です。
失礼しました…!順々にやり方を教えて貰えると嬉しいです!
前に説明した通り、特許において権利範囲を表すクレームは、構成要件と呼ばれる複数の条件に分解することができます。
それは覚えています!転がらない鉛筆の例で言えば…断面形状、芯の素材、被覆材の素材等の条件に分解して捉えることができますね!
次に、その各要件に対応するように自社技術の要素を抽出し、それぞれ書き並べます。
他社特許側の条件を見ながら、それに沿って自社技術側の分析に移っていくんですね。
その通りです!他社特許の構成要件毎に自社技術がそれを満たしているか否か見比べていきます。
なるほど!そして…最終的には対比した権利範囲の条件を1セットに束ねて判断するん
ですね?
バッチリだね!全ての条件に当てはまる場合には自社技術はこの他社特許の権利範囲内に入ってしまっているということなので、何かしらの対策が必要になります。
よく分かりましたけど…膨大な数の特許をスクリーニングしないといけないのに、クレームチャートを毎回書くのは大変ですね…。
それはその通りだね。詳細な検討をする時には書いた方が良いけれど、スクリーニングでは頭の中でやってしまってOKです。
調査は効率を高めることも重要ですもんね。
この模式図が頭の中に入っているだけで、他社特許の陣地と自社技術の内容との対応関係を見極める力がつきます。ぜひ覚えておいてね。
うう~ん…でも実際そんなに上手くいくものなのだろうか…?
とても良いところに疑問点を持ったね!そうだね…当然そんな簡単に〇×を付けられない要素も出てきます。
ですよね!例えばどういったケースで判断に迷いますか?
代表的なものを3つ紹介していくね。1つ目は他社特許側の曖昧さの問題です。
そもそも技術は実体の無いもので、その権利範囲を言葉で書き表したクレームというのは、どうしても解釈の幅が出てしまうものなんだ。
一目見てどこまでが権利範囲だと線引きすることが難しいケースもあるんですね…。確かにそれだと、自社技術が範囲内なのかどうか判断できないです。
この点は特に特許実務の専門性の高さが問われる領域でもあるので今のところは省略するね。
はい!瑛大さんのような特許の専門家の方々に頼ることにしたいと思います!
残り2つは自社技術側の曖昧さの問題です。
技術そのものに関するところだとしたら、僕ら研究開発者の意識が特に必要なポイントになってきますね。
そうだと思います。2つ目は、実際に技術を検証してみないと果たして他社特許の権利範囲内であるのか分からないというパターンです。
…ちょっとイメージが湧かないです。
だよね…。それじゃあお馴染みの転がらない鉛筆の発明の具体例で説明するね。
お願いします!
他社特許の権利範囲を分解すると、断面が多角形であること、被覆材が木でできていること、芯材が炭素でできていることの3条件であったとします。
その3つは、自分達が製造している鉛筆が該当するか簡単に判別できそうですよね。
例えば…権利範囲を構成する4つ目の条件が、芯材である炭素材の密度を指定するものであったらどうかな?
…
密度については手持ちのデータがなく計ってみないと分からないっていう状況がありそうですね。
そうだよね…。こんな感じで、他社特許の権利範囲として指定される技術要素について、その全てを社内で把握しているとは限らないんだ。
ふむ…。そうなると、測定しさえすればすぐに分かるという場合はまだマシですよね。
さすが…!良い勘所だね!例えば、特殊な測定手法で鉛筆の重心位置を指定するような条件が記載されていたとしようか…。
それを測るための装置が手持ちに無い場合等は、果たしてその特許権を踏んでいるのか検証が大変になりますね!
うん…(泣)ライバル達も色々な切り口で発明を特定してくるから、検証に骨が折れるパラメーターが入り込んだ特許にも遭遇し得るんだ。
よく分かりました。3つ目も自社技術側の認識の曖昧さの問題なんですよね?
うん!こちらはとてもシンプルです。実施技術というのは研究開発の過程で試行錯誤しながら組み上げていくものだから…
…!!
将来的に本当に実施する技術なのかどうかは、その時点では判断しかねるというケースもありますね!
対策を施すべき他社特許を絞り込んでいくのは、さすがにそう単純ではないですね…。
その点も踏まえた上で、スクリーニング時の振り分け方について説明するね。
ありがとうございます!
侵害調査のスクリーニングでは自分達で基準を決めてレベル分けをしながら見るのがコツです。
凄くシンプルに言えば…対象特許の権利範囲が自社技術に高く関連する内容であれば、当然に対策が必要で、その実行レベルも高くなります。
逆に、対象特許の権利範囲が実施技術にあまり関連しない内容であれば、対策が必要ないか、実行するとしても低いレベル感で良いということですね。
実際のところ、どこまでの他社特許に対策を施すべきかという判断基準は事業内容や方針に拠るところが大きいです。他社特許という事業リスクをいつどの程度コントロールしておくかという話だからね…。
事業、開発、知財部門でよく話し合って判断基準をすり合わせることが必要ということですね。
まさにその通りだよ!今日はそのベースとなる考え方の骨格だけでも教えておくね。
それは助かります!
ベースとなるのは、対象の他社特許の権利範囲内の技術を実施する予定があるか?という問いです。
まさにその内容を実施している、或いは実施することが決まっている場合には…
そのままでは侵害行為になってしまう訳だから、当然に何かしらの対策を検討しなければならないよね。
逆に、実施するつもりがなくて、今後の研究開発において候補にも挙がっていない技術ならば…
対策を検討しなくても良いということになりますね!
でも、そんな簡単に二手に分かれないんですよね。
そうだね!まだ実施することは決まっていないものの将来的に実施したいと考えている場合はどうかな?もしくは、今後研究開発を進めてみたい有望な候補技術であるケースは?
その他社特許の存在は邪魔なので、事前に対策を検討しておいた方が良さそうですね。
そして更に、このルート判断をするにあたってのハードルがあります。
先程教わったものですね!
一つ目はそもそも論として、他社特許に記載の条件で自社技術の検証をしてみないと踏むのかどうか見当も付かないという場合だね。
二つ目のハードルは、他社特許の権利範囲と自社技術の関係は認識できたとして、果たして今後の研究開発の過程で将来的に実施することになるかという見積もりの問題ですよね。
技術の検証可否をどうするか、実施の可能性を事業計画上どう見積もるか、見積もった上でどこまでの線引きで対策を検討することにするか、この辺りが個別の事業方針に照らし合わせて考えるべきところかな。
そうはいっても、事業や研究開発のフェーズ次第ではその場で判断するのが難しい場合もありますよね。
もちろんその通りです。その場合は、判断を見送って保留にするという選択肢もあります。
とても勉強になりました!他社特許のスクリーニングって、事業・開発・知財の方針やリスク管理の考え方が合わさらないと進めることができないですね。
おおお~!新くん、それはまさしく核心を突いています!今日の考え方が頭に入っていると、そのためのコミュニケーションの地盤が出来ると思うので復習しておいてね。
今日教わった内容に沿って、僕の新商品開発PJの製品案の他社特許スクリーニングを進めてみますね!
一緒に頑張ろう!他社特許の選別が終わったら、対策手段の選択や、対策実行有無・時期の見極め方等について説明していくね。
実際に他社特許調査のスクリーニングに着手することになった新。
果たして対策が必要な他社特許は見つかるのか!?
次回へ続く。
対策手段の選択肢と無効化手続き
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